「赤屋敷の記録」(横溝正史)

それらは戦後の横溝作品の根幹を成す要素

「赤屋敷の記録」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
   短編コレクション①」)柏書房

「横溝正史ミステリ短編コレクション①」

「赤屋敷の記録」(横溝正史)
(「恐ろしき四月馬鹿」)角川文庫

「恐ろしき四月馬鹿」角川文庫

「私」はいつもの散歩途中、
幽霊のような
青白い顔をした青年と出会う。
青年は「私」に
黒い鞣革の本を差し出し、後日
ここで会う約束をしている男に
手渡してほしいと訴える。
訝しみながらも
「私」が承諾すると、
青年はそのあと自ら…。

横溝正史が1926年に書いた
初期の短編作品の一つです。
「私」が青年と出会ったのは、
かつて火災で焼失した
「赤屋敷」の廃屋跡。
そして青年は「私」に本を手渡したあと、
自ら命を絶つのです。
当然そこには陰惨な事件が
隠れていたのです。

【主要登場人物】
「私」
…謎の青年から鞣革の本を託される。
青白い顔の青年(速水五郎)
…「私」に本を託し、自死する。
速水源左衛門
…一代で財を成した富豪。五郎の祖父。
おしん
…源左衛門の愛妾。
 正妻以上に愛される。
 子どもを産んで死亡。
速水雨二郎
…源左衛門とおしんの子ども。
 五郎の父親。突然行方不明となる。
速水品太郎
…源左衛門と正妻との間の子ども。
 長男。
妙子
…品太郎・雨二郎の二人から
 求婚されるが、雨二郎失踪のため、
 品太郎に嫁ぐ。
綾瀬ルリ子
…五郎の母親。
速水迪子
…品太郎と妙子の間に生まれた娘。
 五郎とは従妹。

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短編作品でありながらも、
登場人物が多く、
かつそれらの関係を明らかにしないと
本作品を紹介することは
かなわないのです。
さらには、
本作品の構造も記す必要があります。

【本作品の構造】
①「私」の幼少期の頃の
 「赤屋敷」の思い出
②「私」と青年の邂逅、そして青年の死
③青年の本に書かれてある
 速水家の恐ろしい事件の顛末(前編)
④顛末(後編)
⑤顛末(最終場面・放火)
⑥その後の五郎の足取り
⑦手記を読んだ「私」の感慨
⑧約束の「男」との邂逅、そして真相

その上で筋書きの骨子を拾い上げると、
以下のようになります。
源左衛門は
愛妾との間に雨二郎を授かる、
正妻には品太郎がいる、
源左衛門は雨二郎を溺愛する、
正妻は品太郎を擁護する、
雨二郎と品太郎は確執する、
二人は同じ女・妙子を愛する、
突然雨二郎が失踪する、
品太郎に疑いの視線が注がれる、
その直後にルリ子なる女性が
雨二郎の子として五郎を連れてくる、
源左衛門は五郎に財産の半分を
贈与する遺言を作成する、
源左衛門が亡くなり
五郎は正妻に育てられる、
家族の中には疑心暗鬼がみなぎる、
血族間での愛憎劇、と
筋書きは至って複雑です。

本作品の読みどころは、
この速水家の遺産相続の確執であり、
血の因縁であり、
血縁同士の愛憎であり、
それらは戦後の横溝作品の
根幹を成す要素であり、
それらが極めて早い時期、
作品に表出していたことに
ただただ驚くばかりです。
人物設定としては「犬神家の一族」
小ぶりにした感じでしょうか。

結末にもどんでん返しが用意され、
かなり刺激的な筋書きとなっています。
鞣皮の本に記されていた速水家の顛末は
劇中劇となっていて、
その仕掛けの効果も抜群です。
当時本作品を読んだ読者は、
その斬新かつ驚愕の展開に、
度肝を抜かれたのではないかと
推察されます。

ただし本作品の設定には
かなり無理が生じています。
死んだと思われていた雨二郎が、
実は生きていた、
その理由はハンセン病にかかり
隔離されていたというものでした。
日本では1907年の段階で
隔離政策をとっていますので、
あり得る設定に思えます。
しかしながら品太郎が、
父親をはじめとする
一家の誰にも知られぬように
ある日突然雨二郎を
ハンセン病患者として
施設に隔離させるなどということが
可能だったのか(ただし品太郎が
施設送りにしたとは書かれていない)、
そして施設に送られた雨二郎を、
家族の要求に従って
自宅に連れ戻すことが
当時の仕組みとして可能だったのか、
その事情を唯一知っている品太郎が、
自らに不利となる遺産相続に関して
口をつぐんでいる理由が
存在しないなど、肝心な部分の設定で
大きな齟齬が生じているのです。
またおそらくハンセン病に関する
医学的知識にも
間違いもしくは不十分なものがあると
考えられます。

作品としてはどう考えても及第点には
到達し得ない作品なのですが、
後の横溝作品の大きな特徴が、
この時点ですでに芽を出していたことは
驚きであり、
それだけでも横溝ファンにとっては
読む価値のある作品です。
ぜひ読んでいただきたい
初期作品の一つです。

(2018.8.10)

〔追記〕
こちらもご覧下さい。

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

ぜひチャンネル登録をお願いいたします!

(2023.7.25)

※こうした事情があるためでしょうか、
 電子書籍版「恐ろしき四月馬鹿」には
 本作品は収録されていません

※本作品の設定はどことなく
 国枝史郎「神州纐纈城」に似ています。
 根底にはその怪作があったのではと
 考えられます。

柏書房
「横溝正史ミステリ短篇コレクション
 ①恐ろしき四月馬鹿」収録作品一覧
恐ろしき四月馬鹿
深紅の秘密
画室の犯罪
丘の三軒家
キャン・シャック酒場
広告人形
裏切る時計
災難
赤屋敷の記録
悲しき郵便屋
飾り窓の中の恋人
犯罪を猟る男
執念
断髪流行
山名耕作の不思議な生活
鈴木と河越の話
ネクタイ綺譚
夫婦書簡文
あ・てる・てえる・ふいるむ
角男
川越雄作の不思議な旅館
双生児
片腕
ある女装冒険者の話
秋の挿話
二人の未亡人
カリオストロ夫人
丹夫人の化粧台

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像
おどろおどろしい世界への入り口

【横溝正史:ノンシリーズ作品】

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